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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)146号 判決

原告

新井末吉

被告

陽光建設株式会社

ほか三名

主文

1  被告陽光建設株式会社、同大東利光、同飯田作郎は各自原告に対し、金二、〇七八、九三三円およびこれに対する昭和四二年一月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告細田政行に対する請求並びに原告の被告陽光建設株式会社、被告大東利光および被告飯田作郎に対するその余の請求は、これを棄却する。

3  訴訟費用は、原告と被告陽光建設株式会社、被告大東利光、被告飯田作郎との間においては原告に生じた費用の二分の一を同被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告細田政行との間では全部原告の負担とする。

4  この判決は、原告の勝訴部分にかぎり、かりに執行することができる。

事実

原告代理人は、「被告らは各自原告に対し、金四、四九七、九七八円とこれに対する昭和四二年一月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は、東京都交通局の職員として都電車掌の業務に従事する者であるが、右業務に従事中、昭和四〇年五月二四日午後三時五五分ころ、東京都新宿区歌舞伎町五番地先路上において、都電角筈停留所の安全地帯から同軌道内に停車中の都電中央部車掌席に乗車しようとして、軌道内に二歩ばかり進出したところ、折から中野方面から四谷方面に向つて軌道内を疾走してきた被告大東の運転する自家用普通乗用車(登録番号品五は第七一六一号、以下被告車という。)の前部バンパー付近に激突し、右下腿骨々折、兼右下腿打撲傷の傷害を負つた。

二、被告らの責任の根拠は、次のとおりである。

(一)  被告会社は、被告車を所有し、その被用運転者である被告大東に運転させてその業務を執行していたとき、本件事故が発生したものである。

(二)  被告大東は、被告車の運転者として、(イ)、進路前方の信号が赤を現示し歩行者が横断中であつたから、自車を減速させ、先行車と一定の距離を保つて停車すべきであつた。(ロ)、本件事故現場の軌道内は走行禁止区域であるから、先行車を追越すために軌道内を走行してはならなかつた。(ハ)、仮りに軌道内を走行するときでも、安全地帯に電車の乗客がいるときには、右乗客との接触を避け、若しくはその間から人が出てくるかもしれないから、それとの接触をさけるため充分注意し徐行すべきであつた。にもかかわらずこれらの注意義務を怠つて本件事故を惹起したものである。

(三)  被告飯田は、本件事故当時被告会社の代表取締役であり、被告細田は、被告会社の庶務課長であつたところ、それぞれ職務執行のため被告車に同乗し、被告会社に代つて被告大東を監督すべき地位にあつた。

三、原告は、本件事故により次のとおり損害を受けた。

(一)  時計修理費 金三、二〇〇円

事故当時原告携帯の時計が破損したので、その修理に要した費用。

(二)  妻の付添看護費、交通費 金三五、三四〇円

原告入院期間中は完全看護であつたが、実際は妻の付添が必要であつたので、一日の労働費を五〇〇円として、昭和四〇年五月二五日から同年六月二〇日までは毎日、同月二一日から同年八月一五日までは隔日計五七日間の費用合計金三一、九二〇円および右付添のため通院した費用として往復六〇円で五七日分合計三、四二〇円。

(三)  入院中の雑費 金三、〇五〇円

入院中に原告が購入した牛乳代二〇五〇円および新聞代一、〇〇〇円。

(四)  診断書料 金七〇〇円

(五)  温泉療養費 金五六、三八三円

原告が都立大久保病院を退院後昭和四〇年八月一七日から同月三一日までの一五日間、栃木県黒磯町板室温泉、同年九月五日から同月一四日までの一〇日間山梨県下部温泉昭和四一年一月二八日から同年二月四日までの七日間前記板室温泉、昭和四一年二月一八日から同月二四日までの六日間山梨県韮崎市増富ラジユーム鉱泉において、それぞれ治療を行うために支出した宿泊料、交通費、その他の雑費。

(六)  得べかりし利益 金一、〇三四、五九七円

原告は、本件事故当時都電車掌として毎月本俸のほか作業給として一ケ月平均金一七、七八一円の収入を得ていたところ、本件事故による傷害のため車掌の業務を行い得なくなり、今後右業務に復帰できる見込がなくなつたので、今後稼働可能期間中前記作業給に相当する手当を得ることができなくなつた。都職員の定年は満六〇年であるところ原告は大正二年一一月一日生れであるから、昭和四八年一〇月三一日をもつて退職することとなる。従つて、原告は、労災打切時である昭和四一年九月から右退職予定時である昭和四八年一〇月三一日まで七年二ケ月間にわたつて前記作業給相当の月収一七、七八一円を失うことになる。これから年五分の割合による中間利息を控除した現在価を求めると、金一、〇三四、五九七円となる。

(七)  慰藉料 金二五〇万円

原告は、本件事故による傷害により、入院、通院を余儀なくされ、その間筆舌に尽しがたい苦痛を味い、現在いまだ完治しない状況である。その慰藉料として金二五〇万円の支払を求める。

(八)  弁護士費用

被告らが本件事故により原告に生じた前記損害を任意に賠償しないので、原告は、止むなく本訴の提起遂行を原告代理人に委任し、昭和四一年一〇月二九日着手金の一部として金八万円を支払つたが、本訴請求が認容されれば、右八万円を含め着手金、成功報酬合計金五九四、七〇八円の支払債務を負担した。

四、よつて、被告らに対し、前記(一)ないし(七)の合計金四、四九七、九七八円およびこれに対する昭和四二年一月二三日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告ら代理人は、「原告の請求を棄却する。訟訴費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、請求原因第一項および同第二項の(一)は認める。同項(二)の(イ)は否認する。同項(二)の(ロ)のうち、先行車を追越すため軌道内を走行した事実は否認し、その余は認める。同項(二)の(ハ)は争う。同項(三)のうち、被告飯田が被告会社代表取締役であることは認め、その余は否認する。同第三項は不知。被告会社は原告から支払の請求を受けていない。

二、原告は、被告車の進行方向の信号が青であるのにかかわらず、かけ足で飛び出したため本件事故となつたものである。なお事故発生前の被告車の速度は時速約三〇粁であつた。

〔証拠関係略〕

理由

一、請求原因第一項および第二項の(一)の各事実は、当事者間に争いがないから、本件事故につき、被告会社が自動車損害賠償保障法第三条(同条但書の免・責の立証がないから)および民法第七一五条第一項(後記被用者たる被告大東の過失が認められるから)により責任を負うことは明らかである。

二、そこで、被告大東の責任について判断する。本件事故現場付近の軌道敷地内は、車両通行禁止区域となつていることは、当事者間に争いがない。〔証拠略〕によると、本件事故現場は、都電の停留所であつて安全地帯があり、事故当時右安全地帯には電車を待つている人が約一〇人位いたし、右停留所には電車が停車していたこと、被告大東は被告車を運転し時速三五粁位で新宿大ガード交差点方面から三光町方面に向け進行中、前記安全地帯と停車している電車との間の軌道敷地内において、折から右軌道敷地を横切つて右の電車に乗ろうとしていた原告を前方約一六米の地点で発見し、急いでブレーキをかけたが間に合わず、被告車の前部中央付近を原告に衝突させて転倒負傷させたことが認められる。

以上の認定事実によると、被告大東としては、軌道敷地内の通行はすべきではなかつたし、かりに止むなく通行する場合には、減速徐行し、或は警音器を鳴らして安全を確認し、前記安全地帯上の歩行者が自車の進路に進行した場合でも対処できるような態勢で運転進行すべき注意義務があるものというべきであり、被告大東は、右の義務を怠たり本件事故を惹起するに至つたものであるから、民法第七〇九条による責任を免れない。

三、次に被告飯田の責任について検討する。被告飯田が、本件事故当時被告会社の代表取締役であつたことは、当事者間に争いがない。〔証拠略〕によると、被告会社は従業員十数名位の会社であつて、自動車は被告車しかなく、被告飯田が社長として自ら被告車の運行を管理し、車の使用は常に同人の許可を得て行つていたこと、などの事実が認められる。

以上の事実関係から考えると、被告飯田は、被告会社の代表取締役として、事実上被告会社に代つて被告大東を監督する者であるというべきであり、民法第七一五条第二項により、本件事故に基づき原告に発生した損害を賠償すべきである。原告は、被告飯田が本件事故当時被告車に同乗していたと主張し、同被告はこの事実を争つているが、右同乗していたかどうかは同被告の責任の存否に影響しないと考える。

四、次に被告細田の責任につき判断する。〔証拠略〕によると、被告細田は、本件事故当時被告会社の庶務課長をしており、事故当時において被告車に同乗していたこと、被告大東が庶務課に所属していたことが認められ、右認定に反する被告細田の供述は採用できない。

以上の認定事実によつても、いまだ被告細田が被告会社に代つて被告大東を監督していたものということはできず、ほかにこれを認めるに足りる立証はない。けだし、被告会社は前示のごとく従業員十数名の会社であるから、代表取締役が事実上すべての職員の選任および監督を行つているものと推測して誤りなく、被告細田がたとえ庶務課長という役職にあるからといつて、直ちに被告会社に代つて被告大東を監督しているものと推測することはできないし、又被告細田が事故当時被告車に同乗していたからといつて、そのことから当然に代理監督義務者であると速断することはできないからである。従つて、被告細田の責任は認めることができない。

五、被告らは、原告が被告車の進行方向の信号が青を現示していたにもかかわらず、かけ足で飛び出したものであると原告の過失を主張し、証人鳥山喜久、被告大東、被告細田の各供述中および成立に争いのない甲第一三号証の八および一一の各供述記載中には、右主張事実に沿う部分がある。けれども右は証人瀬口徹雄、原告本人の各供述および成立に争いのない甲第一三号証の九の供述記載と対比して、直ちに採用できない。のみならず、かりに被告ら主張のとおりであつたとしても、前示認定の諸事情に徴するときは、原告につき賠償額算定につき斟酌すべき過失があつたとは言えない。

六、そこで、原告が本件事故によつて蒙つた損害について以下判断を加える。

(一)  時計修理費 金三、二〇〇円

〔証拠略〕によると、原告は、本件事故当時携帯していた時計が事故のため破損したため、その修理代金として金三、二〇〇円を支払つていることが認められる。右は本件事故に起因する損害であること明白である。

(二)  妻の付添看護費、交通費 金三〇、八〇〇円

〔証拠略〕によると、原告入院期間中は、基準看護制度により付添看護婦がつけられていたが、患者の汚れ物の洗濯とか身の廻りの世話をするため事実上家族の者が付添う必要があつたことが認められる。原告本人の供述によると、原告入院中、昭和四〇年五月二五日から同年六月二〇日までは毎日、同月二一日から同年八月一五日の間は一日おきに原告の妻が病院に通つて付添い原告の世話をしたこと、自宅から病院までの交通費は一回往復六〇円を要したことが認められる。

裁判所に顕著な付添婦の給与や女子の平均給与などを考えると、原告の妻が付添つた一日当りの給与は、原告が主張する一日五〇〇円よりは少なくないものと言うべきであり、前記認定の付添日数は計数上合計五五日間であるから、この給与総額は金二七、五〇〇円であり、交通費の合計は金三、三〇〇円であることが認め得られる。右は、本件事故に基づく損害というべきであり、この損害は妻が蒙つた損害ではあるが、原告と同一家計中に計算すべきものであるから、原告の蒙つた損害と認めて差支えない。

(三)  入院中の雑費 金三、〇五〇円

〔証拠略〕によると、原告は本件事故により受傷のため入院中、購入した牛乳代として金二、〇五〇円、新聞代として金一、〇〇〇円を支出していることが認められる。以上のうち、牛乳は入院中の栄養補給用として、又新聞は入院のため特に購入する必要があつたものと推測されるから、いずれも本件事故によつて生じた損害といえる。

(四)  診断書料 金七〇〇円

〔証拠略〕によると、原告は、本件受傷により、診断書の必要があり、合計七〇〇円をそのため支出していることが認められる。これも本件事故による損害というべきである。

(五)  温泉療養費 金四一、一八三円

〔証拠略〕によれば、原告は、都立大久保病院退院後、担当医師に温泉治療がよいといわれ、原告主張のとおり前後四回にわたり合計三八日間温泉治療を行い、その際交通費、宿泊費、その他の雑費(一日当二〇〇円宛)として合計金五六、三八三円を支出していることが認められる。原告の傷害の部位、程度にてらし、かかる治療方法も必要かつ妥当なものであつて、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。しかし、右費用のうち、原告の通常の食費分として一日当り三〇〇円は、本件負傷がなかつたとしても支出を免れなかつたものであり、又、雑費は一日一〇〇円が相当であるから、その余の一日一〇〇円を除くべく、この三八日分合計一五、二〇〇円を前記費用から控除すると、残額金四一、一八三円が本件事故による損害となる。

(六)  得べかりし利益

〔証拠略〕によると、原告は、本件事故当時都電の車掌として、毎月本俸のほか作業給として、一ケ月平均約一七、〇〇〇円以上の収入があつたことが認められる。

〔証拠略〕によると、原告は、本件受傷により、傷害が治癒した現在において、右膝関節に変形性関節症が惹起せるため、今後は一日中起立して作業する車掌などの職務を行うことが困難であり、机上の事務などの職種に変更する必要があることが認められる。

原告本人の供述によると、原告は、現在、車掌の仕事はやめて、信号係をしていることが認められる。

以上の認定事実によると、原告は本件受傷により、労働能力を或程度喪失し、職種の変更を余儀されていることが認められるけれども、原告主張のとおり果して前記作業給全額を喪失したかどうか、この点を認めるに足りる立証がないから、結局原告がいくらかの得べかりし利益を失つたことは認められるものの、その額を確定することができない。(なおこの点は、原告の慰藉料算定につき考慮する。)

(七)  慰藉料 金一八〇万円

証人伊藤原の証言によると、原告は本件傷害により、昭和四〇年五月二四日から同年八月一五日まで都立大久保病院に入院加療し、その後昭和四一年一二月一六日まで通院治療したことが認められる。

原告本人の供述によると、原告は、入院治療中もかなりの肉体的苦痛を蒙つたこと、治療終了後も前示変形性関節症にかかり、運動時において患部に疼痛が残存していることが認められる。

右認定事実のほか前示認定の諸事情その他諸般の事情を総合して勘案すると、原告は本件事故により筆舌に尽し得ない苦痛を蒙むり、今後も蒙むるであろうことは推測するに難くないから、これを金銭に評価するとすれば金一八〇万円の慰藉料が相当である。

(八)  原告は以上(一)ないし(五)および(七)の合計金一、八七八、九三三円の損害賠償請求権を有するところ、賠償義務のある被告らが任意に賠償しないため、止むなく原告代理人に本訴の提起遂行を委任し、昭和四一年一〇月二九日手数料の内金八万円を同代理人に支払い、手数料残金七万円と成功報酬として取得額の一〇%は依頼の目的を達したとき支払う旨約したことが、原告本人の供述および同供述により真正に成立したと認められる甲第一一号証により認められる。

以上の認定事実によると、原告が訴訟を代理人に委任したことは止むを得ないものであつて、その費用は必要かつ相当な範囲内で、本件事故と相当因果関係のある損害というべきところ、本件訴訟の経過に鑑み、すでに支払つた金八万円の手数料と成功報酬として金一二万円(遅延損害金起算の基準日から支払われるべき日まで年五分の割合による中間利息を控除したもの)が必要かつ相当な額であると思料する。

七、よつて、被告会社、同大東、同飯田は各自原告に対し、以上合計金二、〇七八、九三三円とこれに対する本件損害発生後である昭和四二年一月二三日(原告の主張する遅延損害金起算の基準日)以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告の本訴請求は、右の限度において正当として認容し、その余の部分は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安田実)

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